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zoom RSS 完全な人間を目指さなくてもよい理由 遺伝子操作とエンハンスメントの倫理 マイケル・J・サンデル

<<   作成日時 : 2011/06/27 23:24   >>

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訳者あとがきに、サンデルブームの後追い本だと言われるのも癪にさわるから何故この本が刊行されたのか書いておくね、と翻訳者が書いているのを見て笑ってしまいました。

何故、病気の治療や予防の為に遺伝子に介入することを認めることは出来ても、優れた知能や身体能力を持つ子供を生み出す為に遺伝子へ介入することは認められないのか?ということがテーマの本をブームだからといって手を出す人がそういるとは思えないのだけど、翻訳者としてはやっぱり面白くないのでしょうね。
医療用語を適切な日本語に直すのは相当苦労したことでしょうし。

読んでいて思ったのが、やっぱり欧米人にとってキリスト教の教えから逃れるのって相当難しいことなのかな、と。

神は自分の姿を真似て人を作った、でしたっけ?で、人は神ではないから不完全な存在なのですが、だからこそ完璧な存在=神に近い存在を生み出すことにあんなに情熱を燃やすのかしら?と思ったりしました。

生誕の神秘を支配したいという衝動に、神様じゃないんだからやめておいたら、と親の愛よりもエゴを感じてしまう。

我が子の為に出来る限りのことをしてあげたいというのは親の愛として理解できるとしても
「子供の為に遺伝子操作をしてあげないなんて、それでも親なの?」
と、言われる社会はごめんこうむりたいですね。

遺伝病の治療の為にこう言われるのなら仕方ないなあと思えないこともないのですが、ただ人より優れた能力や欲しい、だと、やっぱりどこか怖いです。

サンデルさん自身は遺伝子操作によって優秀な能力を持った子供が生み出されることにより生じる危険として二つの事を挙げてますね。これが大きな危険にさらされるだろう、と。

一つは、重要な社会実践の中に体現されている人間らしい善の命運。
子育ての場面であれば、無条件の愛や招かれざるものへの寛大さ、といった規範。
スポーツや芸術の場面では、生来の才能や天賦の才に対する祝福。
特権にさいしての謙虚さ。幸運から収穫された果実を諸々の社会連帯の制度を通じて分け合おうとする意志。

もう一つは私達が住む世界へと向けられた私達自身の態度や私達が渇望する自由の種類に関する事柄。

競争社会で成功を収める為に、子供や自分自身を生物工学によって操作することも、また一種の自由の行使ではないか、と考えたくなるのも無理はない、と記しつつ

「だが、我々人間の本性に合わせて世界を変更するのではなく、逆に世界に合わせる為に人間の本性を変更することは、最も深刻な形態の人間の無力化をもたらす」

と、続けます。このくだりを読んで、ああ着物じゃなくてコルセットか、と思いました。
自分の身体にあわせて着物を纏い、帯を締めるのではなく、ウエスト38pの服に合わせてコルセットでギュウギュウ締めつけて着られるようにするのか。
う〜む、内臓変形起こしそう。それは身体に悪いなあ、と。

だからサンデルさんも
「それは我々の目を世界に対する批判的な反省から逸らし、社会的・政治的改良に向かう衝動を弱めてしまう」
「我々がんすべきことは新たに獲得された遺伝学の力を用いて『曲がった人間性の材木』をまっすぐにすることではなく、贈り物や不完全な存在者としての人間の限界に対して、より一層包容力のある社会体制、政治体制を創り出せるよう最大限に努力することなのである」
と書いているのでしょうね。

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