海猫亭日誌

アクセスカウンタ

zoom RSS ジャンプ資本主義 三ツ谷誠

<<   作成日時 : 2010/02/13 08:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

私は乱読派なんですが、男兄弟がいないせいもあって少年マンガは守備範囲外でして、友達が貸してくれたもの程度しか読んだことがありません。

そういう人間でもタイトルぐらいは聞いたことがあるものばかりなので、少年マンガの代表的名作が紹介されているんだな、ということぐらいは解ります。

60年代から現在に至るまで、時代時代で熱狂的に支持された少年マンガを語ることで、それを支持してきた当時の社会の空気と日本の資本主義の変遷を語っているので「資本主義とは何か?」「これから世の中はどの方向に進もうとしているのか?」ということを考える為の参考書としては非常に解りやすいと思いました。

少年ジャンプが徹底したアンケート主義で編集されているというのは有名な話で、過去どんなにヒットを飛ばした作家であろうとアンケートの結果が悪ければ10週打ち切りというシステムは簡単に市場原理を連想させるので、資本主義を語る為のテクストとして、数ある少年マンガの中からジャンプ掲載作品が選ばれるのは解る気がするのですが「友情」「努力」「勝利」という少年ジャンプの三つのキーワードが、そのまま資本主義社会を生き抜く為のキーワードに重ねることが出来るとは思わなかったですね。

恩田陸の小説の中で「世界は結局男の子達が回している。そのことに気付いていない鈍感な女の子とはつきあいたくない」といったフレーズがあるのですが、読みながらそれを思い出してしまいました。

私は資本主義は不完全なシステムだと思うのですが(少なくとも著者のように誰かの夢で動かされるシステムだと口にするにはためらいがあるので)、資本主義が世界を小さくしてきたことも、資本主義に代わるシステムがないことも本当です。

だとしたら、この功罪両方あるシステムが今後世界をどの方向に動かそうとしているのかを知っておいて損はないでしょうね。

資本主義が自己増殖するシステムであることも、全てのものに価値をつけ商品化sるうことも、小さな共同体を破壊し、そのことでそこで築かれてきたコミュニティを破壊し、人々を孤独にすることも認識として理解しておいた方がいいでしょうね。

悪魔の顎とはよく言ったものですね。コミュニティを破壊し、人を孤独にする。そうか、だからイスラム過激派は伝統的なイスラム社会が残っている国々ではなくサウジアラビアなどのイスラム近代国家で発生したのか。
伝統的なイスラム社会では、資本主義も力を持っているけど、イスラムの価値観やムラ社会の掟と一緒にムラ社会の濃密なコミュニティも残っている。

だから貧しいけれど孤独ではない。相互扶助は残っているいるから生活が苦しくても暮らしていける。

けれどコミュニティが破壊された社会ではそれはない。ムラ社会の息苦しさがなくなった代わりに、人々は孤独に耐えなければいけない。

「弁護士闘う」の中で著者が貧しかった生い立ちを振り返って「生活は苦しかったがたがいに助け合ったから生きていけた。だから貧乏ではあったが貧困ではなかった。今のように孤独と貧しさ、その二つに苦しめられるようなことはなかった」といったようなことを書いていたけれど、貧乏が消える代わりに貧困が現れるのは資本主義が進んだ結果の当然の帰結だよなあ、と溜息をつくしかないですね。

モンゴルを旅行した時ガイドさんが社会主義時代を振り返って
「今よりも人が優しかったような気がします」
と言っていたけど、資本主義に競争と孤独はつきものだということを考えると当然の言葉だったのでしょうねえ。

その時は「へえ、経済的に破たんしていた社会主義時代の方を今よりも好きだというんだ」と意外に思ったものでしたが。

人が群れをなして生きる生きものであることを考えると貧しさよりも孤独がつらいというのは意外な言葉ではないのかしら?

でも資本主義が進む以上人々の孤独化は避けられない。だからこそ著者はこれからの資本主義社会を生き抜く為には少年ジャンプに三つのキーワード「友情」「努力」「勝利」が必要であると主張しているのいでしょうね。

それは確かに一理あるし、経済の帝国化という意見は的を得ていると思います。好感嫌悪どちらの感情を持つにしろ、グローバルスタンダードという世の中の流れは変えられないでしょう。

アメリカ経済帝国主義の別名だと自国の国民の生活を守る為に、グローバルスタンダードに抵抗しようとする動きもあるけれど、それだけ高い統治能力と権力を持っている政府首脳がいる国は民主主義国家ではないですよね。

王政か大統領せいかは判らないけれど少数に人間の意志で国民を引っ張っていける国家に限られている筈。

民主的な資本主義社会を営む国では一人一人が自らの意思で経済の帝国化の流れを促進する為に力を貸すことになるのでしょうね。

帝国化した経済の流れは、各国家の首脳達が自国の国民の生活を守る為に制御しようとしても出来るものではない。
認識としては正しいのでしょうね、きっと。

トキが急速にその数を減らしたのは封建体制が終わった明治以後ですね。それまでは保護するようにという殿様からのお達しで守られていましたから。

ボタン収集家が書いたこんな一文を妙に覚えてます。

「不思議なことに民主主義が進むに連れてコレクションにしたい!と強く思わせる面白いボタンが減ってくる」

確かに商品価値最優先される社会ではそれ以外の価値が後回しにされるのでしょうね。

資本主義というのは結局、強いもの、バイタリティのあるものだけが生き残る社会ということでよいのかしら?
資本主義がキリスト教社会で生れた理由がなんとなくわかりますねえ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ジャンプ資本主義 三ツ谷誠 海猫亭日誌/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる